「えっ、素麺の正体はお菓子だった?ルーツ『索餅(さくべい)』の謎」
共有
夏の食卓に「島原手延べ素麺」は欠かせませんよね。
7月7日の七夕の日が「そうめんの日」であることは、ご存知の方も多いのではないでしょうか?そんな七夕の日に素麺を食べる習慣は有名なのですが、実はそのルーツを辿ると、現代の細い麺とは似ても似つかない「縄のようなお菓子」だったことはご存知でしょうか。
1.始まりは「ねじねじ」の揚げ菓子?
素麺の原型と言われているのは、古代中国から伝わった「索餅(さくべい)」という食べ物です。「索」は縄、「餅(へい)」は小麦粉を練ったものを意味します。その名の通り、小麦粉と米粉を練り合わせ、二本の紐をねじり合わせて縄のような形にしたものでした。当時は今のような細い麺ではなく、油で揚げたり茹でたりして食べる現代の中華菓子「麻花(マーファー)」に近い「お菓子」のようなものだったと考えられています。
2.なぜ七夕に食べるようになったの?
この索餅には、ある少し怖い伝説があります。古代中国で亡くなった帝の子が霊(鬼)となり、熱病を流行らせました。その子の好物だった索餅を供えて祀ったところ、病がおさまったという言い伝えです。これが日本に伝わり、「7月7日に索餅を食べると、無病息災で過ごせる」という風習になりました。時代を経て、作り方が「ねじる」から「細く引き延ばす」技術へと進化し、名前も「索麺(さくめん)」から現代の「素麺(そうめん)」へと変化しましたが、「健康を願って食べる」という心だけは今も変わらず受け継がれいるのです。
3、現代でも食べられる「索餅」の面影
実は今でも、索餅の面影を残す食べ物は身近にあります。横浜中華街などで見かけるカリカリの揚げ菓子「麻花」や、長崎名物の「よりより」などは、まさに索餅の親戚と言えるでしょう。